2018年06月18日

「徒然ディラン No.70」 Dirge

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韻を踏むことなどを意識せず、迷わずストレートにディランは詩を綴った。君に恋する自分が嫌になったと重ねる。ここでは、明らかに特定の「君」なのであろう。恋してはいけない君に、恋してしまった自分を葬り去ろうと意味だろうか。だとすれば、ディランの曲の中では極めて私的な内容である。

Dirge - 辞書では、葬送歌、哀歌,悲歌、挽歌などと出てくる。イントロは重苦しい。個人的に、邦題は「偽りの歌」としたい。

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2018年06月15日

「徒然ディラン No.69」 Dear Landlord

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拝啓地主様。権力には歯向かわないと綴る。ふと思い出したのは高田渡の「あきらめ節」。地主金持は我儘者で、役人なんぞは威張る者。こんな浮世へ生れてきたが、わが身の不運とあきらめる。加川良もアルバム「教訓」でこの曲を歌っている。ディランが地主に「私を軽んじないでください」と頭を下げるのに対し、渡は「わたしゃ自由の動物だから、あきらめきれぬと、あきらめる」と唇を噛む。

そして、ジャニス・ジョプリンがアルバムI Got Dem Ol' Kozmic Blues Again Mama!にDear Landlordを収録。ディランの詩をそのまま歌っているが、逆説的なイメージを叩きつける。すでに、渡、良、ジャニスはこの世にいない。

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2018年06月13日

「徒然ディラン No.68」 Ballad Of Hollis Brown

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サウスダコタの農家が、その貧困さゆえに7人で一家心中する。ディランは、ライブで歌う前にほんとうの話なんだと一言。それが事実だとしても、問題の本質には一歩も踏み込んでいない。

ある意味、投げやりの歌である。なので、ハーモニカも使わず、ディランは感情移入していない。プロテストする矛先を見い出せず出来上がってしまったディラン自身のギター練習曲。しかも、曲の最後では「別のどこかで7人が新しい生を授かる」と脈絡なく結ぶ。アルバムThe Time They Are A-Changin'のジャケットに沿った悲壮的な曲が必要だったのではないだろうか。

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2018年06月11日

「徒然ディラン No.67」 What Good Am I?

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What Good Am I? ー 私は正しいですか? 中学校で習う英語のようだ。国内発売のアルバムOh Mercyには、ライナーノーツに「このオレがどれだけ上等だと言うんだ」と訳詞が載っている。

これでは、この曲のみならずアルバム全体のイメージを壊してしまう。この曲の最後を「君が静かにこの世を去ってしまう時、それに背を向けてしまうなら、自分は自分に正直なのだろうか」と訳したい。それを「オレは上等なのか」で結んでしまったら台無しである。

つまり、この曲では、ディラン自身がこれまでの自分の生き方を問い直している。そう捉えたい。

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2018年06月09日

「徒然ディラン No.66」 The Lonesome Death Of Hattie Carroll

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アルバムLive 1964では、歌う前にディランが「ほんとうにあった出来事。新聞の記事をそのまま歌にしたんだ」と話す。1963年2月、裕福な煙草農家の息子が、黒人ウェイトレスに杖で暴行し死亡させた事件。わずか6ヶ月の禁固刑だった。

リフレイン。「不名誉を逃れ すべての反感を非難するあなたよ 顔からボロきれを取りなさい 涙を流して終わりではないんだ」とディランは繰り返す。

強者と弱者、白人と黒人、そして日大方面の大学と学生という構図が見えてくる。

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2018年06月07日

「徒然ディラン No.65」 You Angel You

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ディランの詩に登場する人物は、それがたとえYouやSheなどの代名詞であっても、聴き手なりに何らかのイメージを描くことができる。しかしながら、ここでのYouはもっぱらAngelであり、インスピレーションを思い巡らす余地を与えてくれない。

天使は天使でしかない。ディランの言葉を消化する楽しみ、いや、ある種の苦しみがなく、すっと胃の中に納まってしまう曲である。

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2018年06月06日

「徒然ディラン No.64」 Sign On The Window

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音楽ビジネスから距離を置きたいという気持ちが伝わってくる詩。窓には「淋しい」と書いた張り紙。カリフォルニアへ行って生き方を変えた二人。ユタに小屋を建て大勢の子どもを育てる。それでいいんじゃないか。

アル・クーパーの提案でオーケストラバージョンが制作された。だが、ディランはそれを採用しなかった。マスコミに迎合するような、もしくは新しい試みとして話題になるようなアルバムにはしたくなかったのだろう。オーケストラバージョンはアルバムAnother Self Portraitで聴くことができ、決して悪くないのだが。

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2018年06月03日

「徒然ディラン No.63」 I'll Be Your Baby Tonight

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アルバムJohn Wesley Hardingの最後を飾った曲。ある種、アウトサイダーをコンセプトとしたアルバムで、それを「今夜、ぼくは君のものだ」と締めくくる。

ここにディランらしさがある。本来ならば、コンセプトの余韻を残すような曲を置きたかった。だが、ディランは最適解を求めない。近似解で良しとしてしまう。近似解から最適解への道のりを辿ったとしても、どこが最適なのかを測るすべがないというディラン流の哲学なのだろう。ディランの名曲Don't Think Twice, It's All Rightが彼自身のモットーなのである。

posted by F.Kubo at 22:40| Comment(0) | 日記

「徒然ディラン No.62」 Sad-Eyed Lady Of The Lowlands

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11分21秒の大作。難解である。この曲に限らないが、難解にしている理由は、半ば無理に韻を踏んでいるから。例えば、"... midnight rug, ... mother's drugs, ... curfew plugs"。真夜中、母親、晩鐘に関連は全くない。rugが浮かんで、その響きからdrugsを思い付き、次はplugsだ、と言う感じ。

それ以上に、この曲で繰り返されるリフの中のセンテンス ー My warehouse eyes, my Arabian drums, Should I leave them by your gate ー が聴き手を混乱させる。私の倉庫の監視とアラビアのドラムを、君の門に置き去りにすべきか。う〜ん。この曲の核心は、このセンテンスにある。ドラムは和太鼓でも良かったはず。

アルバムBlonde On BlondeとThe Cutting Edgeを聴きながら、リフの一部を「ぼくが君を見守り、ぼくの鼓動を君へ打ち続けたいんだ。去りたくない、君を待っているぼくがここにいる」と結ぶことにした。

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2018年06月02日

「徒然ディラン No.61」 Just Like Tom Thumb's Blues

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ディランは、この曲を自分自身の中で封じ込めてしまった。強烈なロックの曲に仕立て直すことができたはずなのに。それは、あまりにも内向きな詩を作ってしまったからなのではないだろうか。「飢えた女に会い、体力が落ちて、月に吠える、来た道を戻ったほうがいい、幽霊のように消えて、ニューヨークに戻る」

ディランのデビュー30周年記念コンサートで、ニール・ヤングがこの曲を歌った。これが実にいい。ヤングは自分の気持ちを込めて歌った。

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2018年05月30日

「徒然ディラン No.60」 It Takes A Lot To Laugh, It Takes A Train To Cry

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邦題は「悲しみは果てしなく」。確かに、詩の内容はそんなイメージだが、曲そのものはロックへ片足を突っ込もうとしている。アルバムThe Cutting Edgeには、1965年6月と7月の4テイクが収録されていて、フォーク調からロック調への変化が分かる。その頃、ディランは自分の殻を破ろうとしていた。

そして、1971年8月のバングラデシュ・コンサート。ディランは自身の代表曲 ー A Hard Rain's A-Gonna Fall, Blowin' In The Wind, Mr. Tambourine Man, Just Like A Woman, Love Minus Zero/No Limit ー に混じって、この曲を歌った。詩を詠み込んで、その意味がようやく理解できたような気がする。

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2018年05月28日

「徒然ディラン No.59」 Leopard-Skin Pill-Box Hat

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ピルボックスとは頂点が平らでつばの無い婦人用の小型帽。ジャクリーン・ケネディが着用したことで、1960年代に広く知られるようになったそうだ。ディランがジャクリーンを意識したかどうかは定かではない。

36枚組のアルバムThe 1966 Live Recordingsには、20回の演奏が収められている。66年5月15日のイギリスLeicesterでの演奏では、ヤジが飛んでなかなか歌い出せないディラン。「これはフォークソングだ」と言うと拍手が沸き上がり、それを切り裂くようにロックのリズムが叩き出される。

詩の内容はかなり屈折。詩の内容はかなり屈折。「君の豹革のふちなし帽はいいなぁ。だけど、君に会いに行ったら男がいたんだ。今度は、君の新しいボーイフレンドを見かけてしまった」これってヒョウ柄模様の恋だな。

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2018年05月27日

「徒然ディラン No.58」 Mozambique

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アルバムDesireが録音されたのは、1975年7月から10月。モザンビークは1975年6月25日にモザンビーク人民共和国として完全独立を果たしている。ディランは、それを讃える意味でこの曲を作ったのかもしれない。「モザンビークの陽の当たる浜辺で、自由に過ごす愛すべき人々」と締め括っている。

しかし、76年にこのアルバムが発表され、翌77年にはモザンビーク内戦が勃発。内戦が終結したのは92年。ディランとしては、非常に歯がゆい思いがあったのではないだろうか。Desire 以外では、1976年5月23日のライブアルバムShelter From A Hard Rainに、この曲が残っているだけである。

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「徒然ディラン No.57」 Please, Mrs. Henry

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アルバムBasement Tapesは、そのタイトル通り、ディランとザ・バンドが地下室で気ままにセッションを繰り返した記録テープでしかない。さらに、アルバムBasement Tapes Completeは6枚組のCDで発売。

このPlease, Mrs. Henryは、そんなセッションの合間になんとなく作ってしまった曲だろう。歌っているディラン自身が最後に思わず吹き出してしまう。

posted by F.Kubo at 17:54| Comment(0) | 日記

2018年05月24日

「徒然ディラン No.56」 Simple Twist Of Fate

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邦題は「運命のひとひねり」。まるで映画のシーン。公園のベンチに座る二人。運河の脇を歩いて知らないホテルへ。遥かにサキソフォンの音。目が覚めると女はいない。時計の音を聞きながら女を捜して波止場を歩く。愚かなことだ。すべては運命のひとひねり。

武道館のライブでは、ディランが歌う前に「シンプルなラブストーリー」と一言。いや、決してそんなことはない。聴き手それぞれが様々なシーンを、それぞれの運命に任せて創造できる計り知れない奥深い曲である。

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2018年05月22日

「徒然ディラン No.55」 Silver Dagger

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アルバムLive 1964の全19曲中、ジョーン・バエズとのデュエットは4曲。その中で、この曲だけはバエズの独唱で、ディランはバックでハーモニカを吹いているだけ。「徒然ディラン」としては、番外編的な位置づけだが、バエズとの蜜月時代があったという事実を物語る曲。

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2018年05月20日

「徒然ディラン No.54」 On The Road Again

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アルバムThe Cutting Edgeの解説には、セッションを進め、打楽器風の音を出す楽器「ホーナー・ピアネット」と思われるエレクトリック・ピアノが最終的に加わったことが興味深いと書いてある。確かに、この楽器の効果で浮遊感の漂うアレンジになっている。詩も浮いた感じ。靴下の中に蛙がいたことから出来事が始まり、最後には台所での殴り合いに郵便配達員が巻き込まれる、という内容。

The Cutting Edgeに収録されたTake 1には、録音エンジニアから曲名を尋ねられ、「ああ、この曲のタイトルね。"On The Road Again"だ」と、その場で思いついたようにディランは答えている。ディランと真面目に向き合うと痛い目に遭う見本。

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2018年05月19日

「徒然ディラン No.53」 One More Weekend

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イタチのように滑って転んで、ウサギのように行ったり来たり。子ども達には留守番させて、一緒に君と出掛けよう。こんな詩をブルースコードで歌うディラン。眼光鋭いジャケットからは想像できないような穴埋め曲。ディラン自身は2度と歌わず、他のミュージシャンにも歌ってもらえず、次の週末は来なかった。

posted by F.Kubo at 17:54| Comment(0) | 日記

「徒然ディラン No.52」 I Threw It All Away

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「ディランって何が凄いんだ?」と聞かれたら、この曲に一つの解があると答えたい。アルバムNashville Skylineでは、聴いていて恥ずかしくなるような一節『愛がすべてで、それが世界を動かしている』を澄んだ声で歌うディラン。ところが、アルバムHard Rainのライブにおいては、詩の内容を変えず半ば言葉を投げ捨てるように、さらには逆説的な意味を含めるような感じでドカーンとだみ声で歌う。

ディランは、自分の詩だけを論じてくれるのではなく、あくまでも歌われる詩として評して欲しいと言っている。その典型が、この曲とこれらのアルバムにある。

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2018年05月18日

John Coltrane / Last Performance At Newport

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1966年7月のニューポートでの音源があるとは知らなかった。ジャケットは何度か見たことがあったが、63年と65年のニューポートのライブアルバム"Coltrane At Newport"のジャケットと同じショットなので焼き直しと勝手に思い込んでいたのだ。

1. My Favorite Things
2. Welcome
3. Leo

John Coltrane - tenor saxohpone, soprano saxophone, percussion
Pharoah Sanders - tenor saxophone, piccolo, percussion
Alice Coltrane - piano
Jimmy Garrison - bass
Rashed Ali - drums

Recorded on July 2, 1966 at Newport Jazz Festival.

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2018年05月13日

「徒然ディラン No.51」 From A Buick 6

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ディランはこの曲をライブで演奏していない。アルバムHighway 61 Revisitedに組み込んだものの、サクッと創って、サクッと録音し、それでお仕舞にした曲なのだろう。

多くの箇所で韻を踏んでいるが、推敲を重ねた感じを受けない。例えば、"dead, head, said, bed"。ありきたりの単語を並べているだけ。そして、固有名詞として、ロックンロール・シンガーBo Diddleyのみが出てくるのも違和感がある。タイトルは想像を膨らませるイメージがあるのだが。


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「徒然ディラン No.50」 Fourth Time Around

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「無駄口ね、どれもこれも嘘でしょ」と彼女が吐き捨てる言葉で始まる。やがてSheがYouに切り替わっていき、時空間が歪んだ感じなる。最後の一節では「お前の支えなんかオレは求めなかった」と。まるで艶歌の世界である。

ディランはこの曲をフォークの世界に閉じ込め、ロックの世界へは持ち込まなかった。このこととタイトルFourth Time Aroundが何かの関連があるような気がするのだが。

posted by F.Kubo at 15:48| Comment(0) | 日記

2018年05月08日

「徒然ディラン No.49」 Baby, Let Me Follow You Down

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1950年代に活躍したEric von Schmidtが取り上げたトラディショナルソング。アルバムBob Dylanでは、曲の冒頭でディランがエリックのことを少し語っている。

実に他愛のない曲なのだが、36枚セットThe 1966 Live Recordingsでは、全296曲中に21回収められている。つまり、ディランがフォークからロックへ脱皮するための武器とした曲なのである。

posted by F.Kubo at 23:04| Comment(0) | 日記

2018年05月03日

「徒然ディラン No.48」 John Wesley Harding

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実在した人物の名前を、そのまま歌とアルバムのタイトルにした。ところが、その綴りを間違えている。ディランは、自分が思い込んでいた綴りのままでアルバムをリリースした訳である。

西部開拓時代の凶悪殺人犯John Wesley Hardin。歌はタイトルの名前から始まるが、ディランはHardingの'g'を発音していない。ディランのどうでもいいや的な性格を見事に示しているのだ。

で、この殺人犯の物語が展開していくのではなく、ビールの泡を飲んだ程度であっさりと終わる。この曲は、最も無能だったと評されている第29代大統領Warren Gamaliel Hardingを揶揄したという説もあるようだ。だとすれば、なおさら喉越しが悪い。

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2018年04月30日

「徒然ディラン No.47」 Knockin' On Heaven's Door

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邦題「天国への扉」。映画「ビリー・ザ・キッド」のサウンドトラック・アルバムPat Garrett & Billy The Kidが出発点。映画の中で使うということで、ディランは分かりやすい言葉と曲想であっさりと作り上げたのだろう。アルバムでも、やはりあっさりと歌っている。リリースは1973年9月。

翌74年のザ・バンドとのライブでこの曲を取り上げ、火が点いてしまった。歌い続ける曲ではなかったが、歌わないと許してもらえない状況になったのだ。その後、リズムパターンを変えるなどして、ファンに応えていった。

ついには、デビュー30周年記念コンサートのエンディングで、参加者全員での大合唱。歌いたくはなかったが、歌うしかなかった曲。その責任はディラン自身にある。

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「徒然ディラン No.46」 One Of Us Must Know (Sooner Or Later)

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ディランの曲としては非常に珍しく、風景や情景を現す表現がなく、登場人物もごく限られている。「私小説」的な歌詞である。唯一、最後になって「雪が降り出した」という言葉が出てきて、曲全体を引き締める。

繰り返されるフレーズ「いつかはどちらかが気付くはずさ。君は自分らしく振舞ったし、僕は本気だったということを」が、降り出した雪の中へ吸い込まれていく。

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2018年04月28日

Lee Morgan / Live At The Lighthouse

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聴きたくて仕方がなかったアルバム。これを保有しているジャズ喫茶も少ないだろう。

Amazonで調べると新品が6万円以上。中古でも数千円だった。ところが、あのディスクユニオン○○店が900円でAmazonに出品しているのを発見し、光速のクリック。3枚組で900円である。提示金額の入力ミスではないだろうか。でも、こういうミスは大歓迎である。中央線西方面のディスクユニオンさん。

1970年代幕開けの豪快なジャズ12曲を、3時間4分掛けてたっぷりと味わえるアルバム。

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Disc 1
1. Introduction By Lee Morgan
2. The Beehive
3. Absolutions
4. Peyote
5. Speedball

Disc 2
1. Nommo
2. Neophilia
3. Something Like This
4. I Remember Britt

Disc 3
1. Aon
2. Yunjanna
3. 416 East 10th Street
4. The Sidewinder

Lee Morgan - trumpet, flugelhorn
Bennie Maupin - tenor saxophone, flute, bass clarinet
Harold Mabern - piano
Jymie Merritt - electric upright bass
Mickey Roker -drums

Recorded on July 10, 11 & 12, 1970 at The Lighthouse, Hermosa Beach, CA.

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2018年04月25日

「徒然ディラン No.45」 Outlaw Blues

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1965年1月録音。ここには、1962年7月録音の「風に吹かれて」のディランはもういない。フォークシンガーの先頭に立たされてしまったディランは、「無法者のブルース」を仕立てた。その中で、「サングラスを買った」と歌う。何という事のない曲であるが、「いやんなっちゃたブルース」なのである。
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2018年04月21日

「徒然ディラン No.44」 Most Likely You Go Your Way (And I'll Go Mine)

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邦題「我が道を行く」。だけど、自分自身はタイトルの括弧の中にいる。決して力強いイメージの歌ではなく、「君は君の道を 俺もそうするよ」と、なかば諦め感のある別れの歌。それぞれの道を歩んだとき、誰が落ち込み、誰が置き去りにされたのかを「時」が教えてくれるだろう。こう結んでいく。

そんな曲をライブアルバムBefore The Floodでは、やけくそ気味にディランが歌い、ザ・バンドが強烈に後押しする。この生演奏を聴くと「(面倒だから)我が道を行く(しかないぞ)」で正解のようにも思えてしまう。

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「徒然ディラン No.43」 Subterranean Homesick Blues

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"Look out kid"と歌うブリッジが4回。その直後のセリフが、この曲の骨子になっているようだ。「用心しろ お前のせいだ」「用心しろ お前のやったことなんてどうでもいい」「用心しろ 襲われるぞ」「用心しろ 全てが隠されている」

1965年1月13日、ギターとハーモニカによるフォーク・バージョンを完璧な形で録音。しかし、翌14日にはバックバンドを伴いロック・バージョンを録音している。アルバムBringing It All Back Homeでは、ロック・バージョンを採用。のちにブートレッグ・シリーズでフォーク・バージョンが陽の目を見た。この頃、ディランの中ではフォークとロックの2つの渦が回っていたのだろう。

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